お江戸歩き散歩

 殺伐とした現代から離れ、浮世の憂さを晴らすロマン溢れる江戸の風景へと足を運びたくて旅をしています。この思いがみんなに伝われば、いまの日本ももっと良くなるのではと信じつつ旅をしています。
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ゼームス坂から高村智恵子終焉の地へ

 
 京浜急行の大井町駅で下車、ゼームス坂へと向かう。




 ここゼームス坂上から、少し下って左へ入る。


 少し入った先にあるのが、この高村智恵子の記念碑で、レモン哀歌の碑とも呼ばれみんなに親しまれている。何故、ここにこのような祈念碑があるのか、じつは彼女が入院していたゼームス坂病院があった場所であり、彼女はその病院で亡くなったからである。詩集「智恵子抄」として有名であった高村光太郎の妻であった智恵子は、福島県の裕福な造り酒屋の娘として生まれ、日本女子大を卒業した後、絵画を学ぶ中で光太郎と知り合い結婚した。しかし、その幸せもつかぬ間のもので、父の死や実家の没落などが重なり次第に精神を病むようになり昭和10年に、ここゼームス坂病院に入院した。入院してからの智恵子は、創作意欲を吐きだすかのごとく切り絵に没頭して1000点もの作品を残したとされる。だが、病には勝てず3年後にこの病院で生涯を終えた。


 この碑には、光太郎が智恵子臨終の際に詠んだ「レモン哀歌」が刻まれている。
 
 そんなにもあなたはレモンを待ってゐた
 かなしく白くあかるい死の床で
 私の手からとつた一つのレモンを
 あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
 トパアズいろの香気が立つ
 その数滴の天のものなるレモンの汁は
 ぱつとあなたの意識を正常にした

 智恵子が死ぬ数時間前にレモンを口に含んだ時の様子が光太郎のこの詩に見事に現れています。また、訪れたこの日にも、ご覧のようにいつものように区民の有志の方々によりレモンがお供えされいました。この碑の上には、桜の木があり、季節になるとより一層訪れる人を和ませるばしょです。




 ご覧のように周囲は、もはや高層マンションに囲まれた場所と化し、智恵子が入院していた面影はすっかり影をひそめてはいますが、それだけに碑が立つ一角は存在感のある場所となっています。
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